2019年3月3日日曜日

36 スターガーデン

入院中退屈しないようにと、私は1冊の本を用意していた。それは、イギリスのシャーマンアーティスト Faith Nolton (フェイス・ノルトン) の絵とその背景となるストーリーを載せたものだった。

彼女がスピリットの世界から受け取って描く作品は、どれも広がりがあって魔法のようなエネルギーに包まれており、私のお気に入りの一冊なのだが、特別な本であるだけに、ごくたまにしか見ない。そのため、買ってから3年経っても最後のページまで行き着いていなかった。 

目印のしおりが挟んであったページから入院中に3つほど絵を眺め、その後、翌日退院できると決まった日にしおりをつまむと、開いたのは最後のページだった。

最後の絵には “Star Garden” というタイトルが付いていた。それは、本の締めくくりとしてふさわしいのはどんな絵なのか、フェイスさんがスピリットに尋ねて出来上がったものだという。 

私が手術を受けた七夕まつりの夜に「星との約束」という言葉が頭に浮かんだが、その言葉を受け取ったこの部屋を去る前に、つまり私にとっても締めくくりになる時に見る絵がスターガーデンだとは、なんとも興味深い。 

スターガーデンは、漆黒の闇に浮かぶ星々と光でできた曼荼羅のような形をしている。その絵をじっと見ていると、中央部のマゼンタ色と輪郭のゴールドに目が留まり、ハッとした。

それは、お守りとして持ってきて、入院中瞑想するときに手に持っていたルビーのペンダントとシトリンの原石と同じ色だった。しかも、ルビーにはまだらな濃淡の模様が入っていて、絵のマゼンタの部分とほぼ一致している。 


やはり完璧だ、シンクロしている・・・と思った。何もない空間から無言のままに次から次へと差し出される物事が、繋がり合っていく。それを私は無視できない。

ルビーのペンダントとシトリンの原石を絵の上に置いてみた。すると、この絵が私に何かを語りかけてくるように感じられた。

絵をじっと見つめていると、まるで人の目のようだと思えてくる。中央部のマゼンタは、星々が誕生する時のガス雲のようで、それは目の虹彩のようでもあり、等間隔に並べられ光を放つ星の花たちは、ニューロンを思わせる。 

スターガーデンは宇宙空間に浮かぶ目を表現したようでもあり、私の意識はその目の虹彩のようなガス雲のような中を通って、より奥へと引き込まれていった。

ふと、過去に自分がタッチドローイングで描いた絵を思い出した。それに「究極の意識」というタイトルをつけたのを覚えている。 

私にとって、究極の意識を象徴する目は中心に位置し、それはあらゆるものを観ている。私はそこから放射状のラインを入れたが、それは360度に広がる意識の光であり、私はそれを表現したかったのだということに、今更ながら気づいた。

さらに、スターガーデンにも私の絵にも描かれている放射状のラインは、じっと見ていると360度が中心から外側へ向かうと同時に、逆に外側から中心へも向かっているように見える。また、これらの絵を縦にすると球体にも見えてくる。

やっぱり宇宙空間に浮かぶ目のようだ、と思った時、ふと自分の眼球の映像を思い出した。それは、アメリカで受けた網膜剥離の検査で、右左両方の眼球を装置でスキャンした時のことだ。 

コンピュータの画面に表示されたのは、少し離れた横の位置から見た映像だったが、普段見ることのない角度からの眼球は、識別するためなのか肌色のグラデーションがかかっていることもあり、眼球というよりも木星のような惑星が2つ並んでいるように見えた。背景が黒い色だったら、絶対2つの惑星だと思い「いえいえ、私の目なんです〜」と言っても信じてもらえないだろう。 

普段目というと、私は主に正面から見る部分しか意識していないが、それが突然その映像によって球体へと切り替わった瞬間、強烈に宇宙を感じたのだった。誰かが描いたグラフィック画像だったら、それほど反応しなかったかもしれないが、自分の眼球だったので余計にインパクトがあったのだろう。 

その惑星を思わせる自分の眼球と、宇宙空間に浮かぶ瞳孔を思わせるスターガーデン、自分が描いた「究極の意識」の絵が、私の頭の中で奇妙に重なっていった。



スターガーデン "Star Garden" by Faith Nolton, from Nolton's "Garden of the Soul"




究極の意識